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「念ずれば花ひらく」愛と救いの眼差し

良寛や一遍上人などを敬愛した仏教詩人 坂村真民
1.苦しい生活の中で

念ずれば 花ひらく 苦しいときも 母がいつも口にしていた この言葉を
私はいつの頃からか 唱えるようになっていた
そして そのたびに 私の花が 不思議と ひとつ ひとつ 開いていった 

 8歳のとき小学校の校長だった父が40歳で急逝します。 裕福だった生活は一変するのです。 11歳の姉を頭に5人の子どもを抱えた女手一つになった母親の暮らしの中で、「年上の子ども3人を奉公に出せ」と言う祖母たちの説得に応じない母親。 「念ずれば花ひらく」と口ずさむ母の姿と、強い意志の中で5人の子どもを育てあげた母親の信念。 真民のこの実体験は、一生を貫くことになるのです。
 母のこの言葉は、遺言のように頭の中に残っていくのです。 真民は、貧弱な身体に鞭打ちながらも、中学へと進みますが、師範学校へは歌唱試験で失敗し、望みをたたれ、コンプレックスの種が増えたのです。 それを克服し、現在の自分の存在即ちどう生きるかは心の問題だと気づくのです。

2.仏教詩人と言われる所以

二度とない人生だから 一輪の花にも 無限の愛を 注いでいこう
一羽の鳥の声にも 無心の耳を かたむけてゆこう
(中略)
二度とない人生だから まず一番身近なもの達に できるだけのことをしよう
貧しいけれど 心豊かに接してゆこう
(後略)

 雑魚は雑魚なり 大海を泳ぎ 我は我なり 大地を歩く。
 「どうせ死んで焼かれるのだから、いい着物は要らない」 
 良寛和尚や「捨て聖」と呼ばれた一遍上人の純粋さと一途さに心をうたれ自ら生き方を選んでいくのです。 ぜいたくを嫌い、「大きな家は不要だ」と小さなひどい家に住み、余分なものを持たずに生き抜いて行きます。 正力松太郎賞や愛媛県教育文化賞、砥部町文化功労賞を受けています。 そうした中で、NHKテレビでも「念ずれば花ひらく」が全国放送されるのです。

3.人生は一度きりだ

 太く面白くぱっと行こうと言う者は悪に行き、二度とないこの世に生を享けたことを感謝し、そこに何らかの意義を見出し、自分のため、世のため人のため何かを成そうという人間は善人となる。 真民のこうした生き方の真似はできないか も知れませんが、自分の生活の反省の素材にはなるのではなかろうかと思います。
 自分の人生に着いて考え、聖人君子のような生き方、即ち、真民のような真似は出来ませんが、一歩でも二歩でも近づこうと、努力することは大切です。 身近な人に幸せを少しでも分け与えられるなら...。

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