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終戦記念日に寄せて 終戦記念日を平和祈念日にしては

1.帰国して知った敗戦の実感

 昭和20年8月15日忘れもしません。 第2次世界大戦(太平洋戦争)終結した日です。 日本中の国民が涙を流した日です。 朝鮮釜山にいた私達は、3 日後に教員をしていた姉と女学生だった姉、国民学校(小学校)3年だった私の3人は直ちに帰国しました。 校長だった父の学校に駐留していた陸軍輸送部隊の輸送船での帰国でした。 下関港に下船したときに見た光景は忘れられません。 町中が焼け野原、戦災孤児がたむろする姿が目に入ったのです。 港から下関駅までの物乞いする孤児に姉は砂糖袋を2,3袋与えたようでした。 下関駅から宮崎まで2日がかり焼け野原の町を見、爆弾で破壊された鉄橋を回り道して歩いて渡り、帰宮した宮崎の焼け跡の町を見て敗戦を痛感しました。 釜山の町では空襲はあっても爆弾が落ちることはなかったのです。

2.靖国問題について

 小泉首相が8月15日に靖国神社に参拝して物議をかもし出しています。 A級戦犯合祀は先の大戦に対する反省が現れてないと言う中国、韓国怒りは理解しなくてはいけないと思います。 国のために命を落とした人たちを敬うのは当然でしょう。 戦犯を合祀して敬うことに問題があるのです。 まして、靖国神社には先の戦争を正当化した資料が展示されているというのです。 この問題を解決しなくては政治家の責任は逃れられません。

3.平和祈念日創設

 総理は平和の祈願のために靖国神社参拝をする、と口では言っているものの、平和祈願のための行動が現れてないのです。 総理がどうしても8月15日靖国参拝輪をしたいのなら、終戦記念日の8月15日を平和祈念日にして祝日とし、全世界に平和を願う国民の気持ちを伝える、法的措置をとる必要があるのではないでしょうか。 靖国参拝を個人の自由だと単に言っても、総理という肩書きがなくなるはずは無いのです。 政治家は政治的決着を付けなくてはいけないと思います。

4.信頼関係構築で恒久平和を願う気持ちの伝達を

 プレジデント2000年10月号の「賢者は歴史に学ぶ」で高橋是清元大蔵大臣は、「従来西洋人のなし来たところは、もっぱら勢力の均衝を主とし、武力を柱としての平和工作であったから、それがためにかえって再び戦争を誘発した。 武備を柱とした平和は一時的なものであって、決して半永久的なものではないということは、過去の経験によりて明白である。 永久の平和は、各国民が互いに信頼するということによりてのみ求められると思う。」と述べています。
 中東のイスラエルとレバノン戦争も互いの信頼関係の無さから生まれているのだと思います。 戦争で得られるものは何も無いという気持ちを忘れてはいけないのです。
 「人の命は地球よりも重い」といった、福田元総理の言葉を忘れてはいけないと思うのです。

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